七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 129話 エメル視点

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 129話 エメル視点

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七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~」129話
 

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 129話 エメル視点

「それでね、今シオンは西の方にいるって言ってた。元気そうだったよ」

 エメルはミリィを膝に乗せ、彼女の綺麗な長い髪を編みながら話を聞いていた。今日シオンと連絡を取ったと言うミリィは嬉しそうにしている。緩く編んだ髪を結び終わった頃、バスルームへとつながる扉が開いた。バスローブを羽織ったカイルさまがコップに水を入れて飲む。

 今日はカイルさまもここに泊まるのである。ミリィが帝都にいるときは、こうやってカイルさまがお忍びで時々やってくるのだ。今日は両親や他の兄たちは夜会で不在である。夜会自体は去年からカイルさまに付き合ってエメルも出席することがあるが、今日の夜会は参加しなくてもいいだろう、という判断である。カイルさまは皇太子とはいえ、全ての夜会に出るほど暇ではない。

 カイルさまがソファーに座ると、ミリィが席を立った。

「カイルお兄さま、濡れた髪がそのままじゃ風邪をひくわ」

 ぽたぽたと髪から滴る雫を吸い取るように、ミリィがタオルでふいてあげている。

「使用人呼びましょうか?」
「ううん、ミリィがそのまま拭いてくれると嬉しいんだけど」
「いいわよ」

 一生懸命拭いているミリィが可愛いが、カイルさまはカイルさまで幸せそうである。

 昔、ミリィがカイルさまを兄にしたと言い出した時は、正直嫌だった。ただでさえ兄たちが全員ミリィを可愛がるので、妹は取り合いなのである。エメルが妹といれる時間は少なく、カイルさまがいるとさらに少なくなる。それから数年はミリィが取られた気持ちになることがあったし、妹と仲が良いカイルさまに嫉妬したこともある。

 感情が表に出ずらいカイルさまは普段から無表情で、時々不機嫌である。ほとんど笑うこともないカイルさまは、周りから冷静沈着で怖いイメージを持たれている。まあ間違ってはいない。ある特定の人物以外には、冷酷に対応したりすることもよくある。ただある特定の人物、つまりミリィといると表情が明るくなる。エメルも人のことは言えないが、カイルさまはミリィには甘々である。そういった姿を間近で見て過ごし、いつからかカイルさまがミリィと仲良くしても嫉妬することはなくなった。

 テイラー学園だけでなく、夜会などでもカイルさまの周りには女性が集まる。皇太子という身分と、その見目の良さから、花の蜜を吸わんとする蝶がわらわらと、それは鬱陶しいくらいに。エメルが鬱陶しいと思うくらいだから、その中心たるカイルさまの煩わしさはいかほどのものか。カイルさまとダンスを踊りたいと集まる女性を捌くのは、いつもエメルとソロソである。カイルさま本人から女性を誘うことはまず無い。あるとすれば、カイルさまの父方の従妹の令嬢くらいだろうか。その令嬢はカイルさまに興味がないので、カイルさまも気楽のようだ。

 女性に対し硬い対応ばかりのカイルさまは、笑顔を見せることがないため、先日テイラー学園の女生徒たちはミリィと笑うカイルさまを見て、それはそれは驚いていた。その笑顔が眩しいのか、顔を赤らめていたものもいたくらいだ。たぶんカイルさま本人は、笑ったことさえ気づいていないだろう。それだけミリィといると自然に笑っているのだ。

 髪が乾いたため、三人でベッドへ入る。正直、なんで男とベッドに入らなければならないんだという思いが過ることもあるが、カイルさまと一緒に寝るのはもう慣れた。いつもミリィを挟んで横になるのだ。

 ベッドに入ったとたんウトウトしだしたミリィに、カイルさまとエメルは頬にキスをする。妹はあっという間に寝息を立て始めた。

「相変わらず、寝つきがいいな」

 頭の下に手を置き、愛しそうにミリィを眺めるカイルさまは、ミリィの指をすくってキスをしていた。

「いつも三呼吸で寝てしまうんですよ」

 ふっと笑い、カイルさまは少しだけ真面目な表情をした。

「あの護衛、アナン・ル・リカー。問題はないのだろうな」
「どうせ調べているのでしょう。父と子は別物ですよ」

 ミリィが以前誘拐された件は、カイルさまには言っていない。にも関わらず、ザクラシア王国に攫われた件も、子供ばかりを誘拐するものに攫われた件も、カイルさまは独自で調査して知っているのである。アナンの父だったリカー子爵は、誘拐に関わっていた件で捕まっており、その子であるアナンは大丈夫なのか、カイルさまは心配なのだろう。

「わざわざあれを護衛にする必要があるのか」
「ミリィが拾ってきたんですから、仕方ないでしょう。ただアナンは大丈夫ですよ。ちゃんと護衛の役目を果たすでしょう」

 護衛の訓練だけでなく、影のネロからも色々訓練されていると聞いている。それにネロは、あの子優秀だよ、と言っていた。

「……なぜ、テイラー学園での護衛を想定している?」
「……」

 もっともな質問だった。
 テイラー学園は我が国の王侯貴族が通う由緒正しい学校である。特例で優秀な平民が通うことはあっても、将来国の中枢を担う子供たちが通うのだ。また国外からも王族や貴族が留学にやってくるため、警備はとにかく厳しい。だからわざわざ個別で護衛を雇う必要はないのだ。皇太子のカイルさまだって、通学には護衛は付いているが、学園の中では付いていない。それなのにミリィには護衛を付ける、その理由は何なんだと訝しむのも分かる。

「エメル」
「……言えないことも、あるんですよ」
「俺にもか」
「カイルさまは、ミリィの兄であってもダルディエ家の人間ではないでしょう」

 カイルさまは顔を少し歪めた。少し無情な物言いだったのは認める。それでもそこは勘違いしてはいけない。ミリィの問題はダルディエ家の問題である。皇太子であるカイルさまを巻き込むわけにはいかないのだ。

 この件に関しては、カイルさまがいくら調査しても追えないだろう。だから直接エメルに聞いてくるのだ。

 無邪気に寝息をたてるミリィにくっつき、エメルは目をつむった。

「そろそろ寝ましょう。明日も早いのですから」

 もうこの話は終わりというように言った。

 そして、その日の夜中。うなされる気配に気が付き、目を開けた。同じく目を開けたカイルさまと顔を見合わせ、そしてうなされているミリィを起こす。

「ミリィ。ミリィ」

 ミリィを揺らすと、はっと目を開けた彼女の瞳から涙が溢れた。

「ごめ、んなさ」

 この反応は。悪夢にうなされるミリィが、何回かに一度、こういう反応をする。

「ごめんなさい」

 苦しそうに口に手をやり、とめどない涙を流すミリィに、カイルさまは辛そうな表情を浮かべた。

「ミリィが謝る必要は……」

 エメルはカイルさまの肩に手をやった。こちらを見たカイルさまに首をふる。

「ミリィ、それはミリィがやったのではないのですよ。大丈夫」

 すがるようにエメルを見る瞳にもう一度優しく言った。

「それはミリィがやったのではないのです。大丈夫ですよ」

 落ち着かせるように手を握り、何度も大丈夫だと伝えると、ミリィは安心したのか落ち着いて、再び眠りについた。

「エメル」

 怖い顔だ。ため息をつくしかない。

 今までカイルさまは何度もミリィと一緒に寝ているので、今のように悪夢で起こす場面も何度かは体験してきている。けれど、その内容は一切知らない。ただ怖い夢を見たのだと思っているだけだ。今までずっとそれで誤魔化してきた。

「何が起きている?」

 せっかく寝る前に拒否できたことを、もう拒否できそうになかった。

「……勝手に話すと、兄上に怒られるんですけれど」
「それでも話せ」
「……ここではちょっと。明日、ちゃんと話します」

 しばらくカイルさまはエメルを見ていたが、ここでは無理やり自分を納得させたのか、カイルさまも目を瞑った。

 ミリィが悪夢を見て謝る時は、エメルたちを起こしてしまったから謝っているのではない。ウィタノスを殺してしまい、その自責の念で謝るのだ。殺さなければ殺される。なのに殺してしまえば、その罪の意識に耐えられない。ミリィは本当はウィタノスを殺したくないのだ。できれば殺さずに済む方法を取りたいと、言わないけれど思っていることは分かる。ミリィは優しい。己を弑しようとするものにさえ、温情を与えようとする。

 エメルは息を吐くと、自身も眠りについた。

 次の日目が覚めると、ミリィは少し元気はないものの、いつも通りだった。寝起きのミリィにカイルさまがおいでと言うと、素直にミリィはカイルさまに抱かれに行く。ミリィを抱きしめながら、カイルさまの視線はエメルに向いていた。必ず話すように、そう目が言っていた。

 その日はテイラー学園で通常通り講義を受け、そしてダルディエ邸へ帰らず皇太子宮へ行く。ずっと話を聞きたいのを我慢していたカイルさまが、腕を組んで見ていた。

 エメルはウィタノスの件を全て話すこととなった。それは必然的に前世の話も含めたものとなった。話を聞き終えたカイルさまには、しばらく声をかけられなかった。それはそうだ、ミリィが殺されるかもしれない話など、いきなり聞いたのだから。思ってもみない話だったのは間違いない。カイルさまの怒りで部屋中に重い空気が充満していたが、冷静になったカイルさまは、ウィタノスをどうにかするなら協力は惜しまないと言った。

 それはありがたいのだが。
 ダルディエ家とて、やれる準備はそう多くないし、できることはすべてしている。結局誰がウィタノスかなんて、ミリィが確認しない限り分からないのだから。護衛を付け、何かあればダルディエ家総出でミリィを守る。それはみな思っていることであるが、得体のしれないウィタノスがいつやってくるのか、どんな手を使ってくるのか想像もできない。

 カイルさまの側近としての立場もあるエメルは、カイルさまを危険な目に合わせるのではないかという方にも考えが及んでしまう。ミリィもカイルさまも大事だからこそ、今まで話さないでいたのに。

「他にミリィのことで秘密はないな?」
「……」
「あるのか!?」
「だから、言えないことがあるんですよ」
「話せ」
「かなり譲歩したのですから、諦めてください。これ以上は無理ですよ」

 エメルは両手を上げた。本当にこれ以上は無理である。ただでさえ、大きい秘密を話してしまったのに。どちらかというと、もう一つの秘密の方が大きい話ではないとはいえ。

 動物遣いの件は、まだ言わないほうがいい。この力を狙う人がいないとも限らない。特に西側の人たち。アカリエル公爵がミリィが動物遣いであることを知れば、ミリィを手に入れようとする可能性を捨てきれない。

 顔を上げるとカイルさまが睨んでいたので、エメルはいつもの笑顔を貼り付けた。

「これ以上はダメです」

 もうエメルは何も口にはしなかった。

まとめ

お読みいただき、ありがとうございます。
次回に続きます。