七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 117話 エメル視点

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 117話 エメル視点

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七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~」117話
 

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 117話 エメル視点

 エメルは書類の束をカイルさまの机に置いた。これからカイルさまが処理する必要のあるもので、年々数が増えていく。複雑なものも増えていくが、目の前にいる人物はいつも涼しい顔で軽く処理するのだ。平日は学園に行く必要があるため、どうしてもできる公務の量が減る。そのしわ寄せが週末にやってくるのだが、今のところ軽くさばけている。今日の分も今置いた書類で最後だ。本当の休みに入れるのはもうすぐ。そう思いながら時計を確認する。

「遅いですね」
「何がだ」
「ミリィですよ。お茶の時間に来ると言っていたのですが」

 本来であれば、今頃美味しそうにお菓子を食べるミリィが見れているはずなのに。

「もうそんな時間か」

 この年齢ですでに少し仕事中毒気味のカイルさまは、時間の感覚に人とずれがある。集中しだすと食事さえ抜く傾向があるため、それらを補佐するのもエメルら側近の役目である。

「俺、お茶用意してくるよ」

 ソロソがいそいそと立ち上がった。ミリィがやってくる時間が休憩の時間だと思っているので、待ってました! と言いたげな声音である。

「私は下を見てきます。カイルさまは続きをしていてください」
「ああ」

 部屋を出ると、廊下で皇太子宮担当の近衛騎士に会った。

「交代ですか」
「はい」
「あれから不審なものは?」
「今のところは問題はないですね」

 ここ皇太子宮のある区域は、そもそも出入りするだけで関門が多い。少なくとも、誰とも分からない人間は入ってこれない。先日皇太子宮と同じ区域の宮殿に用事のあったものが、迷ったと勝手に皇太子宮に入ってきたのである。もちろん警備に止められ何もなくて済んだのだが、こういったことがまたあると困るので、最近は警備を強化していた。

 階段を近衛騎士と一緒に降りていると、階下にミリィがいた。階下の騎士と話をしている。

「ミリィ」
「――エメル」

 ギョッとした。胸に袋を抱え、大粒の涙を流しているのである。
 慌てて階段を下りきり、片膝をついた。

「どうしたの? 何で泣いているの?」

 小さいころからほとんど泣かないミリィが、夜に夢を見ること以外で泣くのを見るのは本当に珍しいことだった。

「カ、カイルお兄さまが、ミリィを通すなって言うの」
「え?」
「や、約束してたのに、どうして?」

 しゃっくりを上げ、すごく悲しくて泣いているのが伝わってくる。

「もう、ミリィを嫌いになっちゃったの?」
「……そんなことないですよ」

 なんでそんな話になっているのか。これ以上ほっておけなくて、ミリィを抱きしめた。そして抱き上げると、ミリィと相対していた近衛騎士を見た。

「何を言ったのです?」
「じ、自分は、ここを通さないよう、見張っていただけで」
「ミリィは通行名簿に載っていますが」

 顔パスで行き来できる名簿があり、エメルを含めた側近やミリィ、他にも数名、記載されている人は、通常ここはチェックなく通れることになっている。

 さすがにまずいことをしたと思ったのか、その騎士は交代に来た近衛騎士を見た。交代の騎士は頷く。

「確かにミリディアナ嬢は名簿に載っている」
「いえ、確かに! その名前は拝見しましたが、その……少女だと思っていたので」

 スカートを履いているか履いていないかが、この男の性別判断なのだろうか。エメルは目をすーと細めた。

「……そうだったとしても。名前を確認するべきですし、指導が行き届いていないようですね。名簿どうこう関係なく、あなた方はここにやってきた人全てを、いつも見た目だけで判断をしているのですか? 名前や所属、他にも確認する点はあるでしょう」

 ミリィが子供だから、あなどって確認すべき点をしなかったのだろうということは想像できる。しかも、この近衛騎士はほとんど見ない顔なところから、最近ここに配属されたのだろう。いつもの近衛騎士なら、ミリィの顔くらいみんな覚えている。

 ちらっと交代する近衛騎士を見ると、びくっとして姿勢を正した。

「申し訳ありません。指導を徹底致します」

 ミリィを抱えたまま階段を上る。エメルの肩に顔を付けたまま下を向いて泣いている。落ち着かせるように背中を撫でるが、泣き止みそうにない。泣いて興奮しているのか、身体が熱くなるばかりである。

 それからカイルさまの執務室に入ると、お茶の用意をしているソロソが先にミリィが泣いていることに気づいた。

「……どうしたの」

 ソロソの声にカイルさまが顔を上げた。ペンは書類の上をまだ走っていたが、ミリィの異変に気づくとペンを止めた。

「ミリィ? どうしたの」

 カイルさまの声にも顔を上げないミリィは、エメルにしがみ付いている手に力が入った。

「どうやら、カイルさまがミリィを通すなと階下に通達していたことになっているようで」
「は?」

 エメルはミリィから聞いた話と階下で近衛騎士と話した内容から、だいたいのことは理解していたため、それをカイルさまに説明する。

 カイルさまには珍しく、焦った顔でミリィに弁解していた。

「ミリィ、違うんだ。ミリィを通すななんて言ったことなどない。これからも絶対ない。ミリィ誤解だよ。ね、お願いだから、こっち見てくれないか」

 微動だにしないミリィ。

「ミリィはいつでもここに来ていいんだ。俺はミリィが好きなんだ。嫌いなんてとんでもない。会いに来てくれないと俺が悲しい。だからお願いだ、俺を見てくれないか」

 一切動かないミリィ。
 痺れを切らしたカイルさまは、少し据わった目でエメルを見る。

「……エメル、ミリィをこっちに」
「今のミリィが、そっちに行くと思います?」
「……」

 カイルさまは頭を抱えている。そして離れたところでソロソは口に手をやり、肩を震わせていた。楽しそうだな。いつも頭の上がらないカイルさまの焦った姿が楽しいのだろう。

 それからミリィを止めていた近衛騎士が呼び出された。史上最高に機嫌の悪い皇太子に、真っ青になりながら平謝りしていた。それからカイルさまの指示であんなことになったわけではないことを、近衛騎士は皇太子の圧力により、いまだエメルから離れないミリィに説明と謝罪をした。

「皇太子殿下の指示でミリディアナ嬢を通さなかったわけではございません。私が通行名簿を確認もせず、ミリディアナ嬢がドレスを着ているはずだという思い込みにより、ミリディアナ嬢を通さないという失態を犯しました。職務怠慢とも思える行為、心からお詫びを申し上げます」

 カイルさまの指示で近衛騎士は出ていき、エメルはミリィを抱えたままソファーに座る。エメルの横にカイルさまは移動した。

「聞いた? 誤解だったんだ。だから、そろそろ俺をいつもみたいに抱きしめてくれないか」

 ミリィがもぞもぞと動いた。まだ手はエメルを拘束したままだが、首をカイルさまの方へ向けた。やっとカイルさまと話す気になったようだ。

「ほんと? ミリィまた来ていいの?」
「もちろんだよ。他の人が俺のことで何か言っても、それは違う。ミリィは俺が言うことだけ信じてくれればいいんだ」
「ミリィを嫌いになってない?」
「なるわけないよ! いつも言っているでしょう。俺が好きなのはミリィだけだよ」
「……」
「こっちへおいで、ミリィ。せっかく来たのに、俺に抱きしめさせてもくれないの?」

 ミリィは上体をエメルから離した。まだ目の周りに涙が付いていた。カイルさまが両手を差し出すと、ミリィはエメルからカイルさまへ体を移動させる。カイルさまはミリィの涙をキスで吸い取り、そして抱きしめた。

「ミリィを傷つけてごめん。もうこんなことないようにするから」

 本当に。カイルさまもほっとしただろうが、エメルもほっとした。大事な妹が悲しむと、兄も辛いのだ。あの近衛騎士は、ずいぶん肝が冷えただろうけれど、それはカイルさまが施した分だ。エメルはエメルで、妹が泣かされた分の礼はしないとと、そんな計画を笑顔の奥に隠す。

 それから機嫌が直ったミリィの持ってきたお菓子とソロソが用意したお茶で、本来の時間を楽しむ。その間、カイルさまは膝の上からミリィを離さなかった。

まとめ

お読みいただき、ありがとうございます。
次回に続きます。