七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 58話 カイル視点

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 58話 カイル視点

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七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~」58話
 

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 58話 カイル視点

 半年ほど前、勉学を理由に将来を見据えた集まりの中にエメルはいた。秀才だと聞いていたが、カイルにとって第一印象は特になく、その他大勢の一人だった。なぜかといえば、王侯貴族の同年代の子息たちは、最初は十人だったが、その一か月後、三人減り七名となった。

 そう、これは見極めに過ぎないのだ。一年後、どれだけの人数が残っているか分からないが、エメルが残っているとは限らない。だから、カイルは取組の中で話くらいはするが、どの子息とも特出して仲良くなることはしなかった。

 さらに人数は減り、三か月後には五名となっていた。この頃になると、さすがにカイルもエメルを覚えた。最終的な人数は決まっていない。けれども、この五人の内、何名かは将来的に長く付き合っていくべき人となる。

 カイルを除いた四名の中で、エメルは一番大人しかった。多くは語らないし、言葉遣いは丁寧だし、エメル自身の話もほとんどしないし、一番俺に似たタイプだと思っていた。だから、エメルが兄妹の話、特に妹の話になると饒舌になるのが、珍しいこと、そう思った。

 けれど、それだけだった。それ以上の感情は特になかったのだ。

 ある日、父の命令で、夏休暇はダルディエ領で過ごすことが突然決まった。父の命令はいつも突然であるし、特に何も思わなかった。帝都より北にあるから、避暑地として選ばれたのだろう、そう思うだけだった。

 ダルディエ家は賑やかだった。
 テイラー学園に通っているという子供も戻ってきており、ダルディエの子供たちが勢ぞろいしていた。
 ダルディエ家の子供たちは、よくしゃべる。帝都では無口だと思っていたエメルでさえ、ここでは違う人間のようによく話していた。そしてエメルが笑っていることに驚いた。

 ある時気づいた。
 一家の中心は、ダルディエ家の一番下の娘であるミリディアナ嬢だ。

 ミリディアナ嬢が傍へ行くと、どんな時でも怖い顔の公爵の顔はほころぶ。夫人は嬉しそうに微笑みながらミリディアナ嬢の話を聞いている。上の兄たちは膝にのせて可愛がり、少し怖い雰囲気のシオンでさえ妹を構いたがった。双子は何やらイタズラをしかけているが愛情を感じるし、エメルにいたっては始終嬉しそうに妹と話している。

 うちとは全然違う、ふとそう思った。
 俺には兄妹がいないから、家ではいつも一人だった。父や母は仕事で忙しく、ダルディエ家のように同じ屋敷に住んでいなかった。住んでる場所は同じだが、それぞれ拠点としている屋敷が違うのだ。
 だからダルディエ家のように、一家団らんをすることは、まずない。

 それに、母が許さないだろう。母は厳しい人だから。
 母は最初から厳しかったわけではない。小さい頃、二歳くらいまでは甘やかしてくれる優しい母だった。ある時から厳しくなった母は、私の甘えを許さなくなった。

 どうして、なぜ。

 最初はそんなことを思っていたような記憶はある。急に厳しくなった母を、追いかけたりもした。
 けれど、本当の母ではないと聞いて、そういうことかと思った。俺の近くには、わざわざ知らせなくてもいいことを、ペラペラと言う大人がいる。

 心配している。可哀そう。

 俺に何か言ってくる大人は、口ではそう言うのだ。けれど言っていることと表情が違う。どこか嘲笑うかのような、バカにしたような、そんな表情。
 口では優しい言葉で言いながら、みんな知っているのに当事者だけ知らない、それを不憫に思って教えてやるのだと、言外にそんな思いをのせて言うのだ。

 母が厳しくなった理由を知った俺は、もう何かに期待するのは止めようと思った。大人はみんな敵なのだ。弱みを見せた途端付け込まれる。
 幼心にそんなことを思った俺は、心を他人にさらけ出すのを止めた。

 それから数年経ち、俺は何を考えているか分からない。そんな風に言われるようになった。でもそれでよかった。意図して務めた結果だ。

 それなのに。

 ダルディエ家で過ごすうちに、この家の子に生まれていれば、俺も彼らのように笑い、楽しい時間を過ごし、そして温かい気持ちでいられたのではないかと、一瞬だけれどそう思ってしまった。
 胸がズキっとしたのを、俺は気づかない振りをした。

 そう、俺には俺として生まれた役割がある。それを放棄するわけにはいかない。

 けれど、ミリディアナ嬢が言うのだ。

 寂しいね、と。
 抱きしめてもらえないと、寂しくて泣いてしまうと。

 寂しい、抱きしめてもらいたい、そんな感情など遠い昔に置いてきたのだ。
 今更そんな気持ちになるはずがない。

 けれどミリディアナ嬢は、俺を抱きしめて言ってくれた。
 妹になってくれると。

 抱きしめられた、その温かさに涙がでそうになった。
 俺は寂しかったのだろうか。抱きしめられ、キスされたかったのだろうか。

 そんなことはない、そう思いつつも、ぐっと溢れそうな涙をこらえる自分に答えがあると思った。
 ミリディアナ嬢を抱きしめ返して、その温かさをさらに身近に感じる。

 これを手にしたら、俺はもう後に引けなくなる。
 大事なものを作る事は、弱みを作ることと同義だ。
 いつでも俺を狙っている汚い大人が、この弱点を見逃すはずがない。

 今ならまだ間に合う、手放すべき、そう思うのに、口に出た言葉は違うものだった。
 妹になってくれるのか、そう確認してしまった。
 一度知った温もりを、もう手放せない。

 兄となってからの二週間は、本当に楽しかった。
 ミリィと呼ばせてくれる、その妹は、表情がコロコロと変わり、愛らしく可愛くて本当に温かかった。
 抱きしめたら抱きしめ返してくれる。俺に大好きだと言ってくれる。
 無条件に愛してくれるもの、それが妹。妹って、すごい存在なのだと知った。

 あの夏休みから三か月。
 あれからミリィとは会えていない。
 ダルディエ領は遠くて、なかなか会いに行けないのは苦痛だった。冬休みとなった今、今頃ミリィの本当の兄であるエメルは、ミリィに会えて楽しい時間を過ごしているだろう。そんなことに嫉妬している自分にため息が出る。

 けれどミリィとは月に一度は互いに手紙をやりとりしていて、今もそれを読んでいた。今はこれで我慢、そう思いながら内容に目を通す。

『……本当は水着が欲しいのだけど、やっぱりパンツが大事だと思うから、先にパンツの作成をジュードにお願いしたの。完成したら、カイルお兄さまにもパンツを作ってあげますね』

 水着は何となく、どういったものか分かる。あまり流行っていないが、泳いだりする時に着用するものだろう。けれどパンツとはいったい?

 パンツが何ものかは分からないが、ミリィが楽しそうにジュードにお願いしている姿は想像できる。

 手紙の返事には「パンツを楽しみにしています」そう書いて送ろう。そんなことを考え、手紙の返事を書くべく、弾む心を抑えながら自室へ向かうカイルであった。

まとめ

お読みいただき、ありがとうございます。
次回に続きます。