七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 52話

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 52話

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七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~」52話
 

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 52話

 右手に猫のぬいぐるみ、左手に木で編まれた籠を持ち、私は湖の周りを歩いていた。今日は侍女を置いてきたので、本当に一人の散歩である。

 湖の水面がキラキラと光っている。湖の水は透き通っていて、水草や魚が見える。前世では、ここまでの透明を誇る湖は少ないだろう。湖に手を付けると、冷たくて気持ちいい。これは夏に水浴びでもすると楽しそうだ。

(すごく深いというわけではないと思うのだけど)

 湖の底が見えている部分もあるので、兄たちに泳ぐのを提案してみようかと思う。川ではないし、流れがないので、流される心配はなさそうだった。

 昨日、カロディー家からディアルドと二人で戻ってきた。仕事は別として、家庭内に問題のあるカロディー家だったが、ユフィーナは自らディアルドに家庭教師やマナーの先生を依頼した。

 ディアルドは了承し、それぞれ先生を見繕っていたので、来週にも先生は到着するだろう。長女と次女は、無駄な金使いだと明らかに嫌そうな顔をしていたが、ディアルドの前ではにこやかにしていたから、ディアルドの手前、先生を断る事はしないだろう。

(そういえば)

 長女や次女をディアルドの奥さんにする気はないよね? とディアルドに聞いた時、あの二人だけは絶対にないと言っていたことを思い出す。

 その時は、性格に難ありだと見抜いているからかと思っていたが、ディアルドはあの二人がカロディー家の人間ではない、つまり貴族でないことを知っていたからなのだろう。

 ディアルドはダルディエ家の長男だ。いい意味でも悪い意味でも自分が跡継ぎなのだと、正しい意味で理解しているのだ。

(それにしても、またいつかユフィーナに会うのが楽しみね)

 ディアルドがテイラー学園へ帰ってしまったら、たぶんまたパパがあの家へ行くはず。どこかの時期に様子でも見にいこうかと思う。

 湖から離れ、屋敷よりさらに離れた、大きな木の下へやってきた。
 猫のぬいぐるみを私の隣に座らせ、私は籠から小さな瓶を取り出す。瓶の蓋を取って、瓶を口に付ける。中身は絞ってもらったフレッシュオレンジだ。侍女に用意してもらったのだ。

「美味しいねー」

 猫のぬいぐるみに言ってみたが、当然ながら返事などない。五歳の真似事だ。
 ただ、内心ばからしいと思う気持ちもあるが、最近本当の子供のような自分が嫌いではない。前世の大人だった自分も、実際は精神年齢は子供のようなものだったし、人間って生涯子供なのかもとも思う。

 ガサガサガサ

 音と共に、木の上から葉が数枚落ちる。
 ん? と上を見ると、木の上の方に人がいる。

「シオン! ネロ!」

 兄のシオンと影のネロである。

「あー見つかっちゃったかぁ」
「見つけさせたんだろ」

 上に人がいたなんて、まったく気づかなかった。
 それにしても、この高い木に登れるなんて、羨ましい。

 軽やかにネロが木から降りて、地面に足を付けた。

「お嬢、散歩?」
「うん。ネロいいな、ミリィも木に登りたい」
「そう言うと思った。だから気づかせないほうがよかったのに」

 シオンも降りてくると、ネロを睨んだ。

「えーいいじゃん。俺、お嬢と交流少ないんだもん。公爵、人使い荒いしさぁ」
「だからって、ここで見つかる必要はないだろ」
「シオン、いじわる言わないで! ネロ、ミリィを上に連れてってよー」
「俺はいじわるで言っているんじゃ……」
「そうだよねぇ、シオン坊ちゃん意地悪だよねぇ」

 ギロっと睨むシオンをものともせず、ネロは私を抱き上げた。

「木登りと言わず、少し大冒険でもするぅ?」
「する!!」
「ネロ!」
「まあまあ、シオン坊ちゃんの訓練にもなるでしょ。俺の後を付いておいでよぉ」

 抱っこされたままネロの肩の上に腕を回すように言われ、両脚はネロの体に巻き付く。どこから出したのか、ネロは頑丈なロープを私の体とネロの体を固定した。

「よーし。行こうかぁ」
「それでミリィは大丈夫なのか? 落ちないか?」
「落ちない巻き方したもん、大丈夫だよぉ。あ、でもシオン坊ちゃんがする時は、おんぶのほうがいいと思うよ。視界良好の方がいいからねぇ」

 大冒険とは何だろうか。わくわくが止まらない。

「お嬢、怖くなったら言うんだよぉ。お嬢のぬいぐるみは後で取りに来ようね」

 そう言って、ネロは走り出した。
 その勢いは、人間の速さではない。チーターのように静かに揺れもなく走れることなんて、人間にできるのだろうか。

 景色が次々と変わる。後ろにあった木や草が、あっという間に遠のく。
 ネロのすぐ後ろには、シオンが同じ速さで付いてくる。私を抱っこしていないとはいえ、この速さについてこれるシオンもすごい。

「きゃぁぁぁ」
「すっごい満面の笑み」
「あはははは」

 何かのアトラクションに乗っているようで楽しい。きゃあきゃあ言う私に、ネロが釣られ笑いしている。

 それからネロはいきなり木の上へ飛びあがった。すると木の上を、ほとんど走る速さと変わらないくらいで跳んでいく。もちろんシオンもついてくる。
 後ろを跳んでいるシオンを見ながら、人間ってあんなに簡単そうに木の上を跳んでいけるんだっけと、何が常識なのか分からなくなってくる。

 それから使われていない屋敷の最上階へ軽々と登ったりしながら、気づいたら元いた木の下へ戻ってきていた。

 ロープを解いてもらい、地面に降ろされる。
 ネロもシオンも息が乱れていない。

「楽しかった! ネロ、ありがとう!」
「どういたしましてぇ」
「シオンもすごいのね! シオンは影になったの?」
「そういうわけじゃない。……まあ、今度おんぶして走ってあげてもいいけど」
「やったぁ! 約束よ」

 シオンはいつも褒めても素直に受け取らないのだ。だけど、そんなシオンが好きだ。

 思いがけずの大冒険に、大満足だった。

まとめ

お読みいただき、ありがとうございます。
次回に続きます。