七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 続編4話 シシィ視点

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 続編4話 シシィ視点

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七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~」続編4話
 

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない~転生令嬢日記~ 続編4話 シシィ視点

 シシィ・ル・ボックス子爵令嬢はボックス家を早々に見限った。両親の不仲、シシィは兄と仲が悪く、社交界デビューと同時に家を出た。シシィは努力家だったので、勉学を頑張り、女で数少ない文官になった。文官となってからは、真面目に働いていた。自分の能力次第で給料も上がるし、なんせ男性と争える仕事である。だから頑張れば階級も上がるし、楽しかった。けれど、ここにも男女の壁がある。いつからか階級も上がらなくなった。上手くいけば女のくせにと言われ、失敗すればこれだから女はと言われる。悔しい思いをしながらも、ここにいなければ実家に帰るしかなくなる。シシィには文官しかないのだ。

 シシィは眼鏡に地味顔である。文官としての職が好きなのは、女でも文官の服、つまりズボンが堂々とはけることもある。兄にさんざんブスと罵られ、手もあげられたことがあるシシィは、すっかり男嫌いになっていた。だから男に負けるのも嫌いだった。

 そんな時、皇太子殿下から将来結婚する皇太子妃の側近にと直々に打診があった。なぜシシィなのか。皇太子殿下のことは当然知っているし見たこともあるが、話をしたことはない。それに文官より皇太子妃の側近なんて楽しいのだろうか。一度会って話がしたいという皇太子殿下と話すことになった。

「そうだな、確かに最初は文官より楽しいものではないかもしれない」

 皇太子殿下は噂通り怖かった。一切笑わず、眉間にしわが寄っている。やはり正直に文官より楽しくなさそうだと言ってしまったことを怒っているのだろうか。声も低いし、威圧感がある。

「けれど、それは最初だけだ。最初はどうしても夜会などの出席になるだろう。文官としての役目というより、まずはミリディアナ嬢の交友関係など覚える必要がある。けれど今後文官よりもやりがいのある仕事は増える。いずれ国外の王侯貴族とのやり取りも増えるし、君が活躍する場は多いにあるよ。ミリディアナ嬢は外国語が堪能で国外との繋がりが多いからね。むしろ君一人で対応できるかの方が心配だ」

 シシィは少しむっとした。まるでシシィが役に立つのか疑われているようである。

「どうして私なのでしょうか。他にも文官はいると思うのですが」
「やはり女性には女性の側近がいいと思うからだ。皇太子妃に細かな気遣いができる人が望ましい。君はそういう気遣いが上手だと聞いたからね。それに日程調整や皇太子妃の体調の変化なんかも、確認できて対応できる人がいい。そういったところも、君は上手くできるときいている」

 あれ、なんだろう、ちゃんと評価されている? 皇太子殿下の言葉をどう受け取ればいいのか戸惑ってしまう。

「もちろん君には考える時間を与える。ただ長くは待てない。君が駄目なら、違う人を探さなければならないから。十日待つので、考えておいてくれ」

 皇太子殿下に言われた通り、じっくり考えた。皇太子殿下の側近であるソロソ・ル・バレンタインやエメル・アフロディア・ル・ダルディエは有名な二人だ。あの皇太子殿下に気おくれせず、皇太子殿下の指示をそつなくこなす存在。皇太子殿下の側近ならば、仕事にやりがいはあるだろう。けれど、皇太子妃の側近にやりがいがあるのだろうか。

 シシィは皇太子妃になる予定のミリディアナ・ルカルエム・ル・ダルディエ公爵令嬢に会ったことがない。顔も見たことがない。噂では綺麗な人だと聞いてはいるが、そういった人ほど性格が醜かったりする。きっと皇太子殿下を射止めたと鼻高々に違いない。そういえば、皇太子殿下の従兄妹だと聞いたことがある。であれば、性格の良し悪しは皇太子殿下も知るところにあるのだろうか。

 文官の地位よりも皇太子妃付き側近となれば、今より階級は上がる。いわゆる昇進である。だから正直いうと、少し揺れてはいる。今のまま、男に蔑まれながら文官を続けるか、昇進を取るか。

 悩んだ挙句、昇進を取ることにした。今まで男の中に混じって文官としてやってこれたシシィであれば、皇太子妃の側近だって、やれるはずである。

 そしてシシィが初めて皇太子妃を見たのは、皇太子殿下の結婚式の日だった。ウェディングドレスを身にまとい、皇太子殿下と連れ立って階段を上るミリディアナ令嬢は、噂以上に美しかった。あんなにキラキラと輝く人間がいるのかと、実は人間ではなくて女神ではないかと、世辞抜きに本気で思ったくらいだ。ミリディアナ令嬢とはまだ会って話をしたこともないのに、性格が悪いだろうと勝手に自分が決めつけたことを反省した。

 シシィが妃殿下に紹介されたのは、結婚式から三日経ってからだった。妃殿下の執務室で机の前でお辞儀したシシィに、妃殿下は微笑んで言った。

「わたくしに付いてくれてありがとう。シシィと呼んでもいいかしら?」
「はい」
「早速なのだけれど、その制服は文官のよね?」
「はい」
「では制服を変更しましょう。エメル、ジュードとアンを呼びたいの。シシィに呼び方を教えてくれる?」
「分かりました。シシィ、こちらへ」

 今日はシシィの初日ということで、臨時で皇太子殿下の側近であるエメルが付いていた。

「ちょ、ちょっとお待ちください。制服を変えるのですか?」
「そうよ。さすがに文官のままではね。もしかして希望がある? 全て聞けるか分からないけれど、まずは聞いてみないとね」
「で、ですが」
「ほら、言ってみて」

 にこにことほほ笑む妃殿下に、つい希望を言ってしまう。

「ズボンが穿きたいのです……。文官のズボンが気に入っていて」
「あら、いいじゃない。ではズボンにしましょう」
「え!? いいのですか?」
「いいわよ。他に何か希望はある?」
「あ、あの、……近衛騎士の制服に憧れていて」
「……」

 無言になった妃殿下に、さすがにわがまま過ぎたと慌てた。

「申し訳ありません! 私はズボンであれば、それだけで大丈夫です!」
「何を言っているの? いいじゃない、近衛騎士!」
「え」
「でもまるっきり同じじゃさすがにね。それに騎士っぽすぎると目立つから少し形を変えて……」

 妃殿下はなにやらブツブツ言っている。

「どうやらその気のようですよ。とりあえず仕立て屋を呼ぶ手順を教えますので、こちらに来ていただけますか?」
「あ、はい!」

 エメルに呼ばれ、ついて行く。それからジュードという妃殿下の兄でレックス商会の会頭と、アンと呼ばれる仕立て屋が呼ばれ、あれよあれよというまに制服が作られた。

「うん、すっごく似合うわ、シシィ!」
「あ、ありがとうございます……」

 思った以上にかっこいい制服が出来上がり、それを着たシシィはすごく恥ずかしい。なんだか顔に似合っていない気がする。

「あとは髪型も少しかえましょうか。カナン!」

 やっぱり制服に似合っていないんだ。がっくりきながら、言われるがままカナンという侍女に髪をいじられる。

「こんな感じでどうでしょう、妃殿下」
「うん、すごく良くなったわ! シシィ、鏡を見てみて」

 鏡を見たシシィは、あれっと思った。もっさりしていた印象がなくなり、きりっと見える。さっきより制服も似合う。

「ね、似合っているでしょう。シシィ、眼鏡をこう、くいっと上げてみて」
「こ、こうですか?」
「あ、いい! それいいわ!」

 なんだか妃殿下が喜んでいる。何がいいのか分からないが、ちょっと嬉しい。髪型次第で色々と印象が変わるのだと驚いた。髪型の整え方はカナンがやり方を教えてくれた。
 それからしばらく、あの制服どこの? かっこいい! と女性方に噂になるのだが、シシィはまだそれを知らない。

 それから妃殿下に関することを覚えることはたくさんあった。まず交友関係。兄たちは全員身分が高く、しかも一人はザクラシア王。どういうこと? と言いたいが、とにかく覚えるだけ覚える。友人も豪華で、ラウ次期公爵夫妻、アカリエル公爵令息と令嬢。そして皇帝陛下と皇妃陛下との仲も良好。夜会や舞踏会、茶会やサロンなど、シシィは全てについて回った。

 妃殿下は会う前と会った後の印象がまったく違う人だった。性格は明るくて素直。そして甘え上手。複数いる兄たちはよく妃殿下に会いに来て、驚くくらい妃殿下と仲が良い。自分の兄とはまったく違う生き物というか、こういうのを溺愛するというのだと初めて理解できた。ただ羨ましいかと聞かれると微妙である。シシィは自分の兄にあんなにべたべたされたら、気持ち悪いし吐く自信がある。きっと殴ってしまうだろう。

 家族というものは、一般的に仲が良ければ、頬にキスするのは普通であることは知っている。シシィの両親は仮面夫婦だったから、家で喧嘩しても、外では良好をアピールするために、普通にキスしていた。でもそれはただのアピール。

 けれど、妃殿下の両親や兄たちは、心から妃殿下を愛しているのだと理解できる。妃殿下の両親や兄たちは、私がいても気にせず妃殿下に愛情たっぷりで頬にキスをするのだ。妃殿下も兄たちに惜しみなく頬にキスをする。

 それに、兄たちは妃殿下を膝に乗せ、なんだろう、恋人か? と首を傾げたくなるくらい、妃殿下とイチャついている。正直、これを皇太子殿下に見せてもいいものかと焦ったくらいだが、その皇太子殿下はそれを見ても少し眉を寄せるくらいで何も言わない。これが普通の光景なのだと驚いた。その兄たちは皇太子殿下のことを良くは思っていないことがよくわかる。妃殿下に気づかれぬよう、皇太子殿下と口でちくちくやり合っている。あれを妃殿下に気づかせない兄たちと皇太子殿下がすごい。妃殿下は皇太子殿下と兄たちが仲が良いと思い込んでいる。

 その皇太子殿下だが、これも驚くくらい妃殿下を溺愛している。最初は新婚だからだろうかと思ったのだが、そういうことではない。少しでも時間ができれば皇太子殿下は妃殿下に会いに来る。それはもう、こちらが恥ずかしくなるくらいイチャつくのである。これを見れば、あの兄たちとのイチャつきは大したことなかったと思う。こういうのを互いを愛し愛されているのだと言うのだと思う。

 皇太子殿下は怖い。今でも怖いと思う。あの笑わぬ目。瞬間的にピリッとする空気。その冷たさに皇太子殿下に憧れる令嬢たちは、ことごとく冷たくされ、遠くからあの美貌を見るだけに留める存在として皇太子殿下はいた。あの皇太子殿下の妻となる人は、あの冷たさに耐えられるものかと心配したが杞憂だった。あの皇太子殿下が妃殿下といると笑うのである。笑みを浮かべるのである。明らかに笑みを浮かべている様は、眩しすぎて最初は直視できなかった。しかも時々笑い声もする。なんだ、皇太子殿下も人間だったのかと、失礼なことを思ってしまった。

 妃殿下は皇太子殿下のあの冷たさに恐怖を抱かないのかと心配したが、これも杞憂なことだった。あのピリッとした空気の時にも平気で皇太子殿下に抱き着くし、険しく寄せられた眉間に手を伸ばしては、そのしわを伸ばす。あんなことができるのは、妃殿下くらいであろう。

 妃殿下は普段は明るくて笑みが絶えない人であるが、夜会や舞踏会ではそうでもない。妃殿下がいうには、いつも一緒にいる皇太子殿下が笑わないので、妃殿下も無表情になることにしたという。これはこれで表情の練習なのよ、と言っている。昔は笑って参加していたらしいが、色々と考えているらしい。ただ、世間では笑わない夫婦として有名になってきている。ただ、お茶会やサロンに参加すると笑ったりしているので、何かで対応を切り替えているのだろうか。シシィにはきっと思いもよらぬ考えがあるに違いない。

 ただ笑わない夫婦と言われてはいるが、あの二人はどこでも二人ならイチャついている。もちろん皇太子宮や皇太子妃宮にいる時のイチャつきとは違うが。先日は狩りを行う催しがあり、皇太子夫婦で参加された。皇太子殿下が狩りに行っている間、妃殿下は他の夫人たちと無表情で会話をされていた。ところが、皇太子殿下が返ってくると、二人は普通に口にキスをするのである。シシィとしては見慣れてきているので驚かないが、それを始めて見たのであろう、他の貴婦人たちはそれはもう驚いて、顔を赤くして、そして裏で噂を撒くのである。普通の夫婦の公なキスは一般的なのに、なぜか皇太子夫婦のキスは絵になるが見てはいけないものを見た気がする謎。別の違う催しでも、皇太子殿下が妃殿下を抱き上げるものだから、それを見た令嬢たちが黄色い声をあげていた。執務室ではあんなものではないよ。もうシシィは驚きもしない。

 そういえば、妃殿下は大きい猫のナナを飼っている。普段は執務室にいるが、来客の客次第でナナは隠し部屋に隠すのである。なぜあんなに大きい猫がいるのだろうか。妃殿下はこう言っていた。

「わたくしが育てていたら、えっとぉ、愛情をあげすぎて大きくなったの。きっと大きい方が可愛いってわたくしが思っていたから、神様が叶えてくれたのね」

 んなわけあるかい。けれど、あんなに大きい猫、他では見たことがない。本当に神様が大きくなるよう叶えてくれた? なんて、ちょっとだけ信じかけているシシィである。

 それに、最近ころころとした犬が二匹増えた。尻尾が三つもある。妃殿下曰く、先祖返りの狼らしい。そういう存在がどこかの騎士団にいるのは知っていたが、まさかここで見ることになるとは。まだ赤ちゃんらしく、小さくて白くてふわふわで可愛い。シシィは犬派なので、いつまでも見ていられる。名前はルルとネネというらしい。ルルとネネは妃殿下の行くところにトコトコと後追いをしている。

「いい、ナナはお姉さまなんだからね。ルルとネネに優しくするのよ」

 ニャー。

 いつも思うが、ナナは妃殿下の言葉が本当に分かっているのではないかと思う。

「ナナは雌だったのですね」
「え!? ううん、そういうわけじゃないの。でもナナは女の子っぽい顔をしているでしょう?」

 なんだろう、最近分かってきた。妃殿下は今誤魔化そうとしている。目が泳いでいるからだ。外では無表情でそつなく話ができるのに、執務室で気が抜ける相手しかいない時は、こうやって幼い行動をする。でも、そんなところが可愛いのだ。皇太子殿下や妃殿下の兄たちが妃殿下を溺愛する気持ちがわかる。

「そういうわけではないということは、ナナは雄ですか?」
「えっとぉ……あ、こら! ルルとネネ! それは噛んではいけません!」

 あ、逃げた。雌雄など正直どっちでもいいが、今のどこに誤魔化す理由があったのだろうか。シシィは首を傾げる。

 外から見ると謎めいた皇太子宮は、本当は優しいほんわかとした空気が流れる。それもこれも全て、妃殿下のなせるわざだ。シシィは妃殿下の側近になることを決めて、今では本当によかったと思っている。少しずつ妃殿下の公務は増えており、思っていた以上に妃殿下の関係する仕事は多い。やりがいがあって忙しいが、とても楽しい。それに、妃殿下がすごく良い方だ。美しくて、可愛くて、それでいて優しくて。こんな素敵な人の魅力に魅せられないわけがない。

 いつの間にかシシィは、妃殿下のために、生涯かけて尽くそうと思うようになっていた。

「シシィ! お茶にしましょう!」
「はい!」

 今日もシシィは笑顔で楽しく職務を全うするのである。

まとめ

お読みいただき、ありがとうございます。
次回に続きます。